飛び込み営業マン 訪問恐怖症に陥ってしまった結果。

セ-ルスマンシップ
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OK!工事くん 今日も飛び込みセールスマンのお話しです。

飛び込み営業マン 訪問恐怖症に陥ってしまった結果。

 

飛び込み営業を経験をした人間であれば時に、訪問恐怖症に襲われる事があるかと思います。

私もその経験があります。  私は2度経験しています。

営業マン時代に1回  管理者として1回

管理者としては訪問恐怖症ではなく、後で考えればうつ病に近い症状だったような気がします。

早い話し仕事をしたくないという状態です。 もう疲れた。 どうでもいいという感じです。

全て投げうって勝手にしやがれ状態です。それはまた機会があればブログに書きたいと思っています。

今回は営業マン時代の訪問恐怖症についてです。 少し話しが長くなるかもしれませんが読んでみてください。

飛び込み営業マンとしてメキメキと業績をあげていた時の話しです。

会社は九州の大分から支店展開をスタートとし、東京進出を目前にしていました。

その前に名古屋に攻め入って東京攻めをするという展開です。

重要拠点でのリ-ダ-長を任されていた時のお話しです。

会社は名古屋市栄区に名古屋支店を開設し4ヶ月目を迎えていました。

私は隊長(現場のリ-ダ-長)として部下を15人程束ねていました。

隊長は絶対的なものでした。 絶対こけられない存在としてリ-ダ-を張る立場にいます。

当時販売をしていたのは太陽熱温水器。

それを毎月コンスタントに40台前後飛び込みで販売をしていました。

その日は知多半島のある町で訪問活動を行っていました。

昼間必死に営業活動したにもかかわらず夕方まで結果がでず、歯がゆい思いをしていました。

留守アポ2件  これは本当のアポイントではありません。

昼間訪問をしたのですが不在で、ちょっと気になるお家です。

その1件の家に夜7時に飛び込みをしました。

心の底で何とかなるという思いだけを信じての飛び込みです。

夕食後、家族団らんで過ごしている時間帯に飛び込みサラッとお話しを入れました。

ご主人に玄関口で訪問目的をお話していると、話に興味をもっていただき

すぐさま居間にあげていただきました。 これはチャンス!

内心絶対にクロ-ジングを成功させ契約をとると心に決めました。

居間にあげていただきクロ-ジングに入り時間にして40分ぐらいたった頃です。

ご主人様が納得し、それじゃあ設置したいという事になりました。

話がまとまり契約書を目の前に出したその時です。

部屋の片隅からこちらに視線を刺すような目付きで見ている娘さんがいます。

年の頃は17、8の高校生だと思います。

「お父さんやめて!」 の一言に。  一瞬時間が止まってしまいました。

私は掴みかけていた契約がスルっと抜け落ちた気分になり、何がおきたんだと思いました。

青天の霹靂ていえば少し大げさですが、何とも言えない空気感になってしまいました。

後で気づいたのですがこのお家には奥様はいません。

事情はわかりません。また聞けませんでしたが察するところ、

この若い娘さんが弟や妹の世話をしながらお母さんの役目を背負っていたのだと思います。

私はオーダーを上げる事で必死で、てっきりお留守かと思い、ご主人様相手にお話しを進めていたのですが

娘さんのお話ではお母さんはいないということでした。

お母さんが居なくて子供たち5人とお父さんとの6人家族です。

聞くと家族で使用するプロパンガス代は月に3万ぐらい使っています。

昼間不在で夜の訪問アポにとっていた理由がそこにあります。

太陽熱温水器販売価格198,000円 支払い月々2900円、年2回のボーナス払いも1万弱です。

ガス代が大幅に節約でき、月々2900円を支払っても、かなりの金額が節約できるお客様です。

しかし娘さんの見解は違うのです。 娘さんは家のお父さんはすぐに契約をしてしまう。

お母さんがいない生活の中でお父さんの事を心配しています。

また家族の事を本当に心配しての声だったのです。

自分たちの生活への不安もあったかと思います。

お父さんはガス代の実情を考えれば設置したい意向がかなりあったので

もう一度、高校生の娘さんに丁寧に説明をしましたがどうも顔色が暗いままです。

最後はお父さんの強い意志のもと結果は契約となりました。

家を出る時にも娘さんの笑顔はなく、不安な顔色は最後まで私の記憶に残ってしまいました。

大幅な節約より、契約をしたという不安だけがその娘さんの心の中に残ってしまったのです。

その翌日から私は歯車が狂ってしまいおかしくなってしまいました。

何故、俺は契約をとってしまったのだろうか……との悔いです。

後ろめたい気持ちと自分の行動に対しての嫌悪感が強く残ってしまったのです。

恥じる契約となってしまったのです。

そこまでしてでもその1本が欲しかったのかと。

正直な話し契約寸前まで、隊長としてこけられない不安と欲望が入り混じった状態でした。

「娘さんのやめって!」 の一言が出た後も、自分の欲望が押し切ったのかもしれません。

一度はダメだと思いあきらめようと思う場面もあったのですが、

最後はお父さんの意思で契約をしてくれました。それが多少の救いではあるのですが……

翌日から営業をする気力が無くなり、1週間近く契約0の日が続きました。

叩けない、訪問できなくなってしまいました。 毎日漁港ちかくに車を止め朝から深夜まで寝ていました。

あまりにも契約0が続き今夜は管理者からこっぴどくやられると思い、事務所に帰ると毎日白板に私のオーダーが計上されています。

管理者が私のスランプを察しての配慮に申し訳ないという思いが強くなり

さらに叩けなくなってしまったのです。

月末に私の人事異動が発令され和歌山に戻される事になりました。

娘さんのあの一言、あの視線が私の営業活動を迷わさせる事になってしまったのです。

あの出来事があって、数か月後に私はある営業研修に参加しそこでsalesmanshipという言葉があるという事を学びました。

スポーツにスポーツマンシップがあるように営業にもセ-ルスマンシップがあります。

いくらよい商品であっても契約をあげる為の販売はやめよう。

お客様が本当に喜んでいただける契約をしていこうと、心に強く思うようになったのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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