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OK! こうじくん salesmanship practice story
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OK!工事くん 今日もセールスマンのお話しです。
今から32年前金融機関を退職しその後転職をした時の話しです。面接翌日に出社と言われ初日は研修だろうと思いこんでいました。淡い期待はぶち壊されいきなり猛烈な勢いで朝礼の洗礼を受け、そのまま上司であるリ-ダーと現地へ向かいました。リ-ダ-は車でテリトリーを見定め家の前で掃除をしているご主人様にアプローチを仕掛けることに。素晴らしいキレのあるト-ク、数分もしない中で自宅の中へ入り即クロ-ジングです。アプローチからクロ-ジングまで時間にして約40分。私は「決まった」と思い横で話を聞いていました。その時ご主人様が私に視線を投げてひと言発したので、私は相槌をうちニコリと邪魔しないように心がけたのでてすが・・・
結果、その商談は即決にならず後日の返事待ち。それでも私は契約は決まるなと思いリ-ダ-に素晴らしい商談だったですねと話しかけたところ、いやあれはダメだと。お前が喋ったから空気が変わり逃げられた。まさに私の責任で契約はダメと言わんばかりに叱られました。相槌も会話の一つ、土俵の中は俺とお客様の戦いをしている。横に座った人間は口出しをするなと言わんばかり。結局その1件を見せられ資料の入ったフアィル1冊をポイと渡され、これで分かっただろうああいう風に商品を販売しろと命令が下りました。えっ! 昨日面接、今朝出社をし昼の商談1件を見せられ後は自分で考えて行動しろとの事である。私はこの会社がブラックだとは思わないのですがまさに今で言うブラック企業だったのです。当然初日から契約がとれるはずもなく深夜の1時に帰宅をしました。
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OK!工事くん 今日もセールスマンのお話しです。
学校を卒業し10年間勤めた金融機関、地方の金融機関なので職場の人間関係はすごくよかったのですが仕事だけは不満がありました。ノルマ ノルマ で達成しても評価が上がらない生活。目の前の上司を見ると自分の将来が透けて見えてしまうような気持ちでした。
29才のある朝、突然会社に行きたくなくなりその日のうちに上司に退職願いを出しました。今から考えると当時の私は子供がいなく女房が働いていたこともあり甘えていたのは確かです。
その後1年間無職生活を送り次の仕事は相場業界に潜り込むと決めていました。昭和61年4月9日 午後13時に相場会社の面接アポをとっていました。が前日求人広告に目を通しているとある会社の求人広告が気になりました。
入社2か月で月収50万~70万達成!! 30年前の話しです。私が29才で10年間働いた職場の最終月の給与支給は16万でした。こんな給与支給なんて絶対ないと思いつつも、午後の面接まで時間が空いていたので、翌朝この会社の面接を受ける事にしました。
会社名は○○ソ-ラ-です。本社は九州で創業間もない会社でした。13番目の和歌山支店が開設し3ヶ月目になろうとしていました。面接担当の吉岡さんから2時間近くこの会社の話を聞かされました。今でも強烈に吉岡さんの話が記憶に残っています。この会社は東京に行き必ず日本一になる。延々と会社の夢を語るのです。私に即決で入社を求めてきました。私は即OKで回答をしていました。いつから働けばいいのかと聞くと明日から来いとの事になりました。19万5千円の太陽熱温水器を1本売って歩合は3.3千円 2カ月は給与23万保証するけど働いている社員は誰もそういう給与はあてにしていない完全歩合の気持ちで働きなさい。吉岡さんは渾身の気持ちを込めて2時間近く熱く語ってくれました。この出会いが私の飛び込みセ-ルスの始まりで人生の転機となったのです。
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OK! 工事くん 今日もセ-ルスマンの話です。
その人の性格にもよると思いますが、私はバカのように今すぐ対応したいタイプです。
悲しいかな老いを感じる日々ではあるのですが、当たり前ですがデイスクパソコン、ノートパソコン
iphoneにipadを常に活用しています。相手から入ったメールに対してはとりあえずの返信を
心掛け、書類作成などはどれだけ遅くなっても本日中に対応する事にしています。
1年365日24時間 今の世の中、どこにいても仕事はできます。
取引先のパ-トナ-に常に安心感と信頼を得る事に日夜努力。
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OK! 工事くん 今日もセ-ルスマンの話です。
そんな働き方実際は無理ですと思っているあなた・・・
しかし私はそういう心意気で仕事をしています。
深夜に連絡が入ってもOK、休日もOK、仕事とプライベートのON、OFはありません。
組織の一員ですが、気持ちはサラリーマンではありません。
個人商店、今で言うフリーランスです。
若い社員にはそういう勤め方は難しいでしょうね。
昭和、平成と生き抜いてきた高齢者の営業マンの強みというかこれが武器で
私の他人との差別化なのです。
この年齢になってくると子育ては終わり、住宅ローンもなく、日々女房との生活です。
普通に暮らしてると時間が余ってきます。酒は飲まない、面倒くさいから友達付き合いはしない、
老後の楽しみを趣味にしょうと徹しています。
認知症のリスクも軽減でき私にとってはいい事ばかりです。
若い頃18年間単身生活をしてきた男は他の楽しみかたを知りません。
仕事が面白くて顧客対応をしています。もうあれこれ考えるよりこの働き方、
この生活でOKと思えるようになってきました。
それが私の働き方になっています。年金受給に期待せず働けるところまで働ける喜び、
顧客があることに感謝しなくてはいけません。
以前テレビで紹介された和田京子不動産をご存知でしょうか?
(和田京子不動産で検索してみてください。書物も出版されています。)
「一度も就業経験のない専業主婦が79才で宅建の資格をとり80才で不動産会社を企業」
その和田さんは枕元にいつも携帯を置いて寝ています。
いつ何時でも顧客対応をするというおばあちゃんの心意気です。
まさに24時間営業をやっている和田不動産です。
私も気持ちは24時間営業をしています。今で言う働き改革とは
逆行していますがこの生き方でOKです。
日本の高齢化社会は外国人労働者と私のような頑固ジィジィが支えていく社会になっていくのは
まぎれもない現実かなと思います。
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